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決め手としての地域

問題解決のヒントがここにある、そう思いました。
子どもの規範意識、道徳心の育成についてです。

ヒントを見いだしたのは、宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫)です。
この本は、著者宮本常一が昭和14年以来全国各地を歩いて古老や地域の人たちから話を聞き、各地に残る伝承、文化を書きとめ、それをまとめたものです。
取り上げる文章「子をさがす」は、あとがきによると、昭和35年1月、「教師生活」という雑誌に掲載されたとあります。話の舞台は周防大島の小さな農村だとあります。
語られたエピソードは、次のようなものです。
「言うことを聞かない子は家の子ではない」と母親からきつく叱られた小学校1年生の男の子がだまって家を出て行く。実はこの子はその後こっそり帰って、表の間の戸袋の隅に隠れていたのですが、それは誰も知らないのです。

夕飯時分になってもみつからないので、祖母、母親はおろおろして大きい声で村中を探しまわるのですがみつけることができない。もしものことがあってはならないというので、警防団の人にお願いします。何十人という人が、家の近くのお宮の森にはいりこみ、あるいはその他の場所を探してくれます。
9時過ぎになって、父親が所用先から帰ってきます。その父親の声を聞きつけて男の子は戸袋から出てきます。子どもにはよくあることです。家の人を心配させてやろうと思って隠れていたのですが、騒ぎが大きくなって出られなくなっていたのです。
これで、さわぎは一件落着となったのですが、「ほう」と思わされるのはその後の記述です。

さっそく探してくれている人々にお礼を言い、また拡声放送機で村へもお礼を言います。著者は探しにいってくれた人々のことばを聞いておどろくのです。Aは山畑の小屋へ、Bは池や川のほとりを、Cは子どもの友達の家を、というように子どもが行きはしないかと思われるところにそれぞれ探しに行ってくれているのです。指揮者があるわけでもなく、手分けしたわけでもないというのです。著者は、そこにある村落共同体的なものを認め、驚きを覚えています。

こうした環境の中に育つ子どもの中には、おのずと集団への帰属意識、人間としての規範意識が育つに違いありません。

実は、この文章を読んでいて、私の脳裏によみがえったのは、30数年前の私自身の経験です。当時の私は教育委員会に勤務しており、子どもの事故対応も職務の一つでした。
新学年が始まって間もないころ、ある小学校から報告があがってきました。4人の小学生(5,6年生)が10万円あまりの金を持ち出し、家出をしたというのです。直行した私は、対応の基本とともに、子どもたちが戻ってきた後の受け入れについても話をさせて頂きました。というのも、私は心中、子どもたちは一両日のうちに戻ってくるに違いないと思っていたからです。
この判断には根拠がありました。子どもが4人です。危険な行動はとらないだろう。多額のお金を持っている。きっと、子どもにふさわしくない使い方をするだろう。そこで通報があり、身柄が確保されるに違いない、そう思ったのです。
ところが、その予想はまったく外れました。解決は5日後、お金を使い果たし、商店の子どもが店のお金を取りに帰ったところを見つかったのです。後で聞いたところでは、子どもたちはその間遊びまわっていたようです。そして、その間、通報はまったくなかったのです。

子どもにとっての地域の存在は、理屈では分かっています。地域のつながりは、様々な分野において力を発揮します。地域が抱える問題の解決に資する価値を生み出す可能性を秘めています。そして、子どもの成長発達に及ぼす影響がきわめて大きいことを私たちは知っています。
しかし、そうした地域の力を育てることは容易ではありません。そこで、考え直したいのがPTAという組織であり、地域運営という学校運営の仕組みであり、地域に開かれた学校づくりの取組です。「学校応援団」という仕組みをいかして学校の活性化を図っている学校があります。「おやじの会」という組織体の力を借りて学校の活性化を図っている学校があります。それぞれの学校が実情に応じ、家庭、地域の教育力を育て、学校外の力とのネットワークによって学校づくりを進めることが重要な課題になっています。

尾木和英
 (NPO法人 ILEC言語教育文化研究所代表理事)

【2015年10月】

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