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「能動的学習」と子どもの「聞く力」

『月刊高校教育2016年1月号【学事出版】』のページをめくっていたところ、「能動的学習者が教室から消えた」という文章が目に留まりました。

書かれたのは、耳塚寛明御茶の水女子大教授。国立大学法人の理事・副学長の任にあった6年間のブランクの後、久しぶりに学部の授業を持つことになった。そこで、多数の学生がノートを取らない、ノートを取ることができないという状況にぶつかった。これが文章の内容でした。

授業中、再三にわたってノートを取ることを指示し、ノートを取るポイン トまで指示した。にもかかわらず、いわゆる「持ち込み可」の試験において、ノートを持ち込んで活用する学生はほとんどいなかったということです。

筆者はその要因について、次のように考えておられます。

@そもそも「聴くこと」の訓練が、我が国の言語に関わる教育の中ではなされてこなかったのではないか。
(本エッセイの主旨は、主としてこの点に関わるものです。)

Aノートを取るという行為を支える能動的な思考を阻害することに働く活動が、最近の学習でなされているのではないか。

B最近の高校で支配的になっている、プリント学習には問題があるのではないか。

この内容に、共感を覚えました。この文章で取り上げられている問題は、ここ5,6年の間に限られない問題ではないか。高校、大学だけに限定される問題ではない、小・中学校における学習指導にも共通する問題だ、そう思われました。特に強く考えさせられたのは、ノートを取るという行為を支える能動的な思考、そのことにかかわって聴くことの力の育成が日常の授業において重視されていないという指摘です。

日常の授業で、教師はある知識をひたすらことばで把握させようとすることが多いのではないでしょうか。そうした学習において、子どもは、把握した知識を機械的にことばで頭の中に定着させようとします。ほとんどの学習は、頭の中にしっかり納まるとそれで満足、ということになりがちです。

問題は理解を巡る知的活動の欠如にあります。

効果的なノート活動のためには、まず集中して聴くということが必要になります。話を聴きながら、「これは重要」「これはおかしい」「この内容に共感を覚える」「これには自分は反対」などと考える、その考えを生かしながらノートを取っていくことが重要になるものと思われます。その出発点は、まず、集中して聴くことにあります。主体的な思考をはたらかせながら聴くことが重要なのです。

この考えは以前本欄に書いた文章の内容に重なるものです。

50数年前のことです。私が教師の仲間入りをして間もないころ、複数の先輩教師から教わったことがあります。

「教師にとって大事なことは、話し方の技術を磨くことです。」

付け加えて、こんなことを言われる先生もおられました。

「シーンとさせることが第一段階、うなずく子どもがいるようだと上級、涙を浮かべさせたら超一流だね。」

これは、聞く力を育てる、その第一歩を示すものでした。

まず、人の話には、とりあえず集中して耳を傾ける。小学校3,4年生にもなれば、さらに、この話にはどのような意味があるのか、話し手は何のためにこのようなことを話すのか、何を主張しているのか、といったことを考える。小さいころから、家庭でも、学校でも、とにかくしっかり聞く、機会を多くすることが大切です。

話の内容とともに、話し手の思いや考えを聞き取る能力に目を向ける必要があります。話し手の内容を聞き取るためには、話の内容と自分の知識や考えとを比較し、不明な部分や更に聞きたい事柄を明らかにすることなどが重要です。そして、疑問については質問し、納得のいかないことについては自分の考えを表明するようにできる、そのような表現力を身に付けることが必要になります。

そこで思い出す本があります。山本麻子『ことばを鍛えるイギリスの学校』(岩波書店)です。筆者はこの本が出版された当時、イギリスのレデイング大学生涯教育部で日本の教育についての講座を担当され、また子どもさんの教育を通して日本とイギリスのことばの教育の違いを実感するという経験をお持ちの方です。

筆者はこう書かれています。

「英国の国語科教育は単に読み書き能力の助長だけでなく、公の場で個人として独立した意見を筋道立てて、まとまりとして、述べたり書いたりすることを重視している。」

「英国の教育に対する社会通念の一つに、『子どもは話すことによって学ぶ』ということがあるからだろう。子どもは自分の知っていることについて、皆の前で話したり、他の子どもと議論することによって学んでいくと考えられている。」

「スピーチやトークを聴く側の児童や生徒もただ受け身的に聞いていることを前提とはしていない。」

「話を注意深く聞くことによって、それが自分の考えとどこが違うかを明らかにできるのだし、それをもとにコメントを加えたり、批評したり、議論を結論に導いたりすることができる」

聴くこと・話すことを通じて思考を発展させ、学習を深めたり問題解決に結び付けたりすることをもっと大切にする必要がある、ご著書の全体を通してそう訴えかけておられます。そして、この訴えには説得性があると思いました。

さらにもう一つ、注目したいことがあります。最近の子どもを取り巻く生活環境の変化です。小さい時からテレビとお友達になっています。ゲームやスマホとの接近は、幼児期に始まるようになっています。そのことと反比例の形で、人と人との間での言葉の交流の機会は非常に少なくなっています。子どもは言葉に注意を向けそこに思考を働かせる機会を、さらに失いつつあります。子どもたちは言葉以外の情報に親しくなり、言葉としっかり向き合う、そこから意味を受けとる力を衰微させているものと思われます。だんだん、言葉に向き合うことが苦手になっていったとしても、当然です。こうした状況をいま一度とらえ直し、真剣に日々の授業における関わり方を考えたいものです。

尾木和英
 (NPO法人 ILEC言語教育文化研究所代表理事)

【2016年6月】

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